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おばあちゃんのお話【1930年生まれ】御年86歳

朝の7時30分、携帯電話に着信がありました。「朝起きたら右目が見えなくて、片目で病院に行くのがつらいから一緒にいってくれない?」まじかよ、ばーちゃん。大丈夫か?一緒に行きました。3分で読めます。

江ノ電の写真ブログ
[ Located in : 江ノ島電鉄沿線 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 55-300mmF4-5.8ED ]

僕のおばあちゃん

うちのおばあちゃんは、今年で86歳です。それって何年生まれ?調べてみると1930年生まれじゃないですか。1930年っていうと、昭和5年です。まじか。まじか。1930年ってまじか。想像もつきません。では、想像してみましょう。れっつごー。



土葬だったそうです

おばあちゃんのおばあちゃん、ようするにおばあちゃんのお母さんのお母さんってことね、は土葬だったそうです。土葬ですよ。土葬。火葬じゃなくて土葬。想像つきません。いまだに、チベットでは鳥葬←鳥に食べてもらって太陽に戻るらしい、だとか、ガンジス川では、水葬←川に流すことによって、鳥や魚に食べてもらい自然にかえるらしい、が行われているんですって。日本でも、「京都では、風葬といって、お寺の裏の深い谷に死体をそのまま葬っていることだってあったのよ」と教えていただきました。そうなんだ。

それで、おばあちゃんのおばあちゃんは土葬だったけれど、土葬から火葬へと時代の流れが変化していく中で、おばあちゃんのお母さんは、それを掘り起こして、「汚いまま骨壺にお入れすることはできないから」と言って、お骨をきれいに洗って磨いて、乾かすために家のろうかに布団を敷いて、その中に寝かして、お骨を数日かけて乾かしたんですって。「だから、その時ばかりは私は、ろうかに近づくことができなかったわ」って。そりゃー近づきませんよ。僕でも。

そういう時代なんです。1930年生まれ。



ダウンコートに火がついた話

去年の今頃、町の公民館で忘年会をやっていたらしいです。石油ストーブを囲んで、お話をしていたら、着ていた化学繊維のダウンコートに火がついちゃったらしくて、それが一瞬で燃え広がっちゃって、私はかちかち山になったのよ。って話を聞きました。そりゃー危なかったね。よく火を消せたじゃないの。と言ったら、「そーよー、もう歳だから脱ぐに脱げないし、着たまま地面を転がりまわって火を消したわよ」。セクシーですね。

そして、何より、その火がついて燃えてしまったダウンジャケットに、ダウンジャケットに付属の袋の柄が同じだったからと言って、パッチワークをして直して、今日も着ていました。もったいない精神というか、直して使おうとするその心意気がとっても素敵です。



予約無しで5時間待って診察5分

なんだかんだで、5時間待って診察5分で、目薬を1本処方されて帰ってきました。もうおばあちゃんはプンプンしてます。「私は5時間も待ったのにろくすっぽ話も聞いてもらえないで、ろくに検査もしないで、おしまいなんて。」こりゃーだいぶ怒ってます。でもね、よく話を聞いたら、「目が見えない」じゃなくて「目が痛い」だそうです。視力検査もちゃんとしてもらっていましたからたぶん大丈夫だと思います。「少し様子を見てください」と言われたそうです。

おばあちゃんの目は両目とも緑内障の手術をしているそうで、両目とも人工のレンズが入っているそうです。これを聞いたときに、「人工の水晶体?」怖い。と思いました。レーシックなんかで騒いでる場合じゃないのかな?だけど、平然と「目が見えるようになって私はとてもうれしかったわ」と喜んで話していました。86歳ってすごいな。

「右目が見えないから」ってのはうそだったらしい。さすが86歳。若者を動かす方法をよくご存じ。年の功ですか。あれ、それとも僕の聞き間違いかな。あはは。





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