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鎌倉江ノ島の観光を写真多めで発信中!

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50記事書いて分かったこと

駄文をポチポチしていたら、投稿記事数が50枚になった。よく書いた。こんなに必死に文章と向き合う経験は初めてだ。あれも書きたいし、これも書きたいに踊らされた時期は通り過ぎた気がする。プレゼントは自分で用意していた。

江ノ電の写真とブログ
[ Located in : 江ノ島電鉄沿線 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 55-300mmF4-5.8ED ]

自分の分身を作るようなものだ

あれも書きたいこれも書きたいというのは、キラキラ輝いているブロガーさんの記事を読んで、それを真似してみたいとか、あんなような記事を自分でもやってみたいとか、そういったニュアンスも含まれている。

でも、そういった誰かがこんなことをやっていたから自分もやってみようという発想は、ときどきは良かったかもしれないけれど、今の自分にはあんまりあっていないなと感じるようになった。

ポチポチしていてすらすらと手が動くテーマと、ポ。。。。。。。くらいでポチポチが止まってしまうテーマがあって。ポチポチが止まってしまうテーマは、やっぱり誰かの記事みたいな記事を書いてみようと思った記事だった気がする。

そういう記事はやっぱり自分の書いた記事だとは思えなかったというか、後から読み返してみて自分の文章ではない気がする。この後から読み返すという作業が結構大切なんだと感じた。

そして50記事くらい書いてみたときに、ようやくその傾向に気づくことができた気がする。同時に、自分の語彙のかたよった癖や、読みやすい漢字に対する認識などを、知ることができた。

たとえば、とどこおったを漢字にすると滞ったと書くのだが、たぶん僕は滞ったを読めなかった。だから、自分はとどこおったというフレーズは使わずに、ポチポチが止まったと表現した。

ブログっていう情報発信方法は、究極にテーマが自由だ。この「テーマは自由です」に対する対応能力の弱さを思い知る。だって好きなことを書いていいですと言われているのに何も書けませんなんだ。これって学校教育による洗脳なんだろうか。

そう、ブログはまずは3カ月は続けてみてくださいって、どこかで聞いたことがあるけれど、あれって、ようするに100記事は書いてみてくださいって意味でもあると思う。ようするに、100枚くらい記事を書くと、自分がどんな傾向の文章を書くことができるのかが、見えてくるのだ。


これは本当だと思う。100記事書いて傾向がつかめないようでは、ちょっと間違った方向に進んでいる気もする。ポジ熊さんの過去記事を読み進めると”進化の過程”という意味でも得るものが多い。

自分はまだ50枚しか書いていないけれど、それでも薄っすらと自分の傾向がつかめてきた。きっと100枚書いたらもっとよく分かると思う。そこまでいって初めて自分を認識することができると考えている。

自分で経験したことを、自分にとって分かりやすい形の文章に書き換えることでブログができているとするのならば、ブログってのは結局は自分を納得させるためのツールに過ぎないという考え方もできる。

読者に分かり易いだろうとかみ砕いた文章を分かり易いと判断するのも、ある意味では自分なわけだから。自分が分かり易い文章=自分以外が分かり易い文章ってわけではないんだなこれが。

というわけで、そろそろスマホ向けにデザインをやり直そうと思う。ポチポチ。




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