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101記事目にうつる僕という影

雑記

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ブログを書き始めておおよそ2か月の時を経て、100記事をここに書き上げました。そしてこの記事は101記事目となります。至極普通の平凡の凡という文字のお手本のような男が100記事を書き上げた感想を静々とここにつづります。

101に思うこと
[ Title : 影を見つめて 2017年1月 ]
[ Camera : Nikon D700 ]
[ Lens : Nikon AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G ]

ダンスのように

なぜ101や31、151などのキリの良い数字に1を足した数に魅力を感じてしまうのでしょうか。多くの人は1日に1記事書き上げることを目標に、日記などを書き始めるようです。

1年で365記事。僕は2か月で100記事。かなりスピード感がありました。それはまるで秀吉が作り上げた一夜城のごとく、もしもこのペースで書き上げたら、1年で600記事がここに生まれることになります。すい星のごとく。

写真を撮るように、ポチッと1回のストロークでこのような記事が出来上がるわけではございません。1000文字の記事を書き上げるにしても、ローマ字入力で文字をつづれば、2000回以上のストロークが必要な計算になるでしょう。

細かいことは抜きにして、スペースボタンとリターンボタンを押す回数も結構な頻度であります。何よりもバックスペースボタンを押す回数がストロークを増やします。

パソコンのキーボードは使用頻度の高いボタンがテカテカと光るようになりました。それだけの数の記号を打ち込んでいるということになります。ステップを踏むように。

人生はダンスのようなものです。ダンスのようにリズムに合わせてステップを踏むのです。このような表現を目にする機会が増えました。

ダンスのように抱き寄せたい

どんなに疲れ みじめに見えてもいい

あなたとなら それでいい

ずっと踊るの このまま

松任谷由実 『ダンスのように抱き寄せたい』

だから踊るんだよ。音楽の続く限り。

村上春樹 『ダンス・ダンス・ダンス』

完結した刹那を、ダンスするように生きるのです。

『嫌われる勇気』

僕はこの言葉が好きです。

ダンスのようにステップを踏んでいきます。リズムの続く限り、テンポ良く。そんなことを考えながら、絶えず文章をつづっていました。そしてそれは、そろそろその次の段階に移行したいと考えています。

ネットの海を漂う瓶のような記事です。この言い回しが好きで好きでしょうがなくて、何回も使ってしまいました。本当に、ネットの海を漂う瓶のような記事です。いつどこで誰の元に打ち寄せられるのか。それすら分かりません。

ほんの数枚の写真と、ほんの数千文字の文章では、何か有形なものを壮大に表すことはできないのかもしれません。だけれども、僕はしばらくここに文章を書き続けたいと思います。

可能性はゼロではない。可能性は無限大だ。そんなことを語った人がいるそうですね。誰にとっての可能性がゼロであって、誰にとっての可能性が無限大であるのか、そんなことは分かりません。

だけれども、もうしばらく、僕はここに文章を紡いでいきたいと思います。大きな瓶に手紙を入れて、海に流してみたいと思います。もうちょっと密度の濃い、手紙を入れて。

ダンスのように。