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記事タイトルのつけ方に思う所

雑記 思考のチェンジ

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記事タイトルのつけ方について、何となく感じたことを書き留めます。簡潔に述べるならば、記事タイトルを、解決手段を基準につけては、読む人に対してキャッチーではないということです。うん?ようするに、記事タイトルのつけ方に困っている人は、記事タイトルのつけ方を探している人ではないということです。

記事タイトルのつけ方に困っている人は、雑誌の売り上げが伸びなくて困っている人や、ブログの集客が上手くいっていない人です。こういう人が、「あーこういう視点もあったのね」って気づいたときに、記事タイトルのつけ方に関する考察を読みふけるわけです。

記事タイトルに思う
[ Title : 中身 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 18-55mmF3.5-5.6AL WR ]

記事タイトルのつけ方

記事タイトルのつけ方に関して、いくつかのブログを読んで感じたことがありました。それは、記事タイトルが検索したい人のニーズにマッチしていないということです。

記事の中身と記事のタイトルはマッチしていますが、検索してくる人の事情と記事の中身がアンマッチな感じがしました。

ブタに気がつかぬ事

3匹の子豚の物語を例に出します。わらの家を作ってオオカミに吹き飛ばされてしまうブタさんがいました。

たぶんブタさんは、家の材料に木が使えることも石が使えることも知らなかったから、わらで家を作ったんでしょう。

そうなると、一度吹き飛ばされた後にもう一度家を作ろうと考えたときに、検索エンジンに「吹き飛ばされないわらの家の作り方」と検索キーワードを打ち込む気がしませんか?

ブタも人も気がつかぬ事

ブタも人も、盲目な生き物です。

読者は、わらの家があって、木の家があって、石の家の存在をしっているが故に、わらの家では吹き飛ばされてしまうことが分かり、わらの家の次は木の家を作ることができます。

だけれども、「わらの家」だけしか知らない世界に住んでいたとしたら、いくらインターネットや本の中に、「木の家」や「レンガの家」の作り方があったとしても、その情報にたどり着くことはありません。

記事タイトルと検索する人の事情をマッチさせることが、最後まで記事を読んでいただくための最重要事項ではないでしょうか。

だけれども、「わらの家」という記事タイトルの中に「わらの家もいいけれどレンガの家もいいよ」って、そんな中身の記事を書く事って、思いつきません。

やはり人もブタも、盲目的な生き物であります。

記事タイトルに思う
[ Title : 中身 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 18-55mmF3.5-5.6AL WR ]

思い浮かばぬ選択肢

例えば記事のタイトルが「飛ばされにくいわらの家」だったとしましょう。わらの家を作ろうと必死な人は読むかもしれません。

だけど、わらの家を作ろうと必死な人の本当の悩みは、「わらの家の飛ばされない作り方」ではなくて「何でもいいから飛ばされない家の作り方」ということが書かれた記事を読むことによって解決できると思います。

この辺も、人もブタも盲目的な生き物であるがゆえに、上手くいっていない自分の状況に対して、また同じような類(たぐい)のものを選択することで、解決しようとします。

しかし、そもそも現状において選択している手段では、解決することができていないから、上手くいっていないことになかなか気がつきません。

上手くいかない現状を変えるためには、いま選んでいない選択肢を選択する必要があります。これが記事タイトルと記事の中身と検索する人の事情のアンマッチを引き起こす、1つの引き金になっているのではないかと、そんなことを考えました。

ようするに、この記事は、記事のタイトルと記事の中身がアンマッチしているわけです。それは承知。だって私もブタだもの。