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アウディA5がフルモデルチェンジ。DKWから受け継がれる前輪駆動プレミアムの奇跡。

アウディA5がフルモデルチェンジ。DKWから受け継がれる前輪駆動プレミアムの奇跡。

アウディのエンブレムである『フォーシルバーリングス』は、DKW、アウディ、バンダーラ、ホルヒの4社からなる合弁会社「アウト ウニオン」に由来しています。

アウディという会社は、もともとは小型前輪駆動車を主力商品とする自動車メーカーで、1990年代になってから、メルセデスやBMWと並ぶプレミアムサルーンメーカーにブランドイメージを一新したそうです。

ふむふむ。そうなんですね。

DKWとは、Dampf Kraft Wagenの略称で、ドイツ語で「蒸気自動車」を意味します。第一次世界大戦の中で燃料の供給不足に直面した創業者は、ガソリン燃料よりも用意に入手できた石炭に着目し、蒸気機関による自動車メーカーを設立しました。

後に、自転車用に開発した2ストロークサイクルの25cc小型エンジンが想像以上にパワフルだったことに感激し、頭文字は同じくDKWですが、Das Kleine Wunder(小さな驚き)と社名を改めています。

そして、ステアリング機構とエンジンなどの動力機構を自動車の前部に集合させることで、製造工程が短縮できることに着目したDKWは、前輪駆動車(FF)の開発に注力するようになります。

4社が集まってアウト ウニオンが設立されたのは1932年のことですが、1959年から生産が始まったDKW製の前輪駆動車トラバントは、1989年にベルリンの壁が崩壊してからも旧東ドイツで生産が続けられていたそうです。

※商品画像はアウディ公式HPより

アウディA5フルモデルチェンジ

気がつけば、メルセデスやBMWと並ぶドイツ製高級自動車メーカーとして国内でもブランドイメージを固めつつあるアウディですが、もともとは前輪駆動自動車のパイオニアメーカーとなります。

日本国内では、スバルが国産初のFF自動車の市販化に成功し、1966年にスバル1000という車名で販売が開始されました。この本の著者は、スバルの中の人ですね。

アウディってどんなブランド?ってところが気になったこともあって、ちょこまかと勉強していくうちに、前輪駆動自動車の歴史にたどり着いてしまいました。

アウディとブランド

アウディA5がフルモデルチェンジ。DKWから受け継がれる前輪駆動プレミアムの奇跡。

前輪駆動車の歴史は、それはそのまま等速ジョイントの歴史と言い換えても過言ではありません。

前輪はエンジンの動力を路面に伝えつつ、ステアリングの回転角度をタイヤの切れ角として伝達するため、高精度かつ耐久性の高い自在接手の開発が必要となりました。

前輪駆動自動車の開発に合わせるように、『トラクタ』という言葉や、『等速』という言葉が生み出されています。

『トラクタ』は、Traction Avantの頭文字を組み合わせて成り立ち、『等速』は、ギリシャ語を基にして作られた言葉である「homocinetique」を和訳したものだそうです。

現在、アウディのラインナップはA4やA6、A7など高級車をイメージしたものとなっていますが、DKWの核となる技術は前輪駆動車開発に由来するものが中心となります。

アウディは、小型大衆車メーカーから高級車メーカーに、どうやってブランドイメージを作り替えることに成功したのか。

さて、読書するとしましょうか。

日本国内では、メルセデスやBMW、そしてそれに追従したクラウンやシーマのイメージも相まって、高級車は後輪駆動という認識がありますが、アウディの駆動輪は前輪だって知ってましたか?

クワトロをのぞいて。

アウディA5がフルモデルチェンジ。DKWから受け継がれる前輪駆動プレミアムの奇跡。

読んでる本はこれ

矜持とは(きょうじ)と読み、プライドを意味する言葉。アウディのプライド。海外メーカー製品のブランドイメージというものは、これこそまさに『創られたもの』であることが実感できる1冊。アウディに乗る人はクルマ好きなイメージもあるのかもしれないが、メーカーの歩んできた伝統に興味を持つ人は、どの程度の割合をしめるのだろうか。2012年初版。

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※参考文献
クルマを売りたいならクルマの話はやめなさい!
答えは必ずある(逆境をはね返したマツダの発想力)
暇と退屈の倫理学
ステーキを売るなシズルを売れ!

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