のるまで るこう

み み

暑い夏の季節がやってきますな今日この頃

下手の横好きこそ勝利をつかみ取る可能性の持主だ


下手の横好きについて考えてみます。「下手くそなのに偉そうに」だとか、「上手くないのにそんなに高価な筆を買っちゃって」などなど。私としては、ネガティブな感情を持って言われてきたことが多いと感じる言葉でございます。

しかし!最近は、この下手の横好きこそが人生において最強の武器の1つになり得るのではないかと考えるようになりました。上手いか下手かではなくて、好きか好きじゃないか、を続けるかどうかの判断基準に持つことが、チャンスをつかみ取るために大切なことではないでしょうか。

下手の横好き
[ Title : ファクトリーメイド 2017年1月 ]
[ Camera : Nikon D700 ]
[ Lens : Nikon AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G ]

下手の横好き

私は、物書きが苦手だと感じています。今こうして書いている瞬間も、書き物に対する苦手意識を拭い去ることができていません。特にこうした敬体による「ですます調」の文章を書く事が、苦手だと感じているし、下手だと思っています。

だけど、こうやって、自分の意思が反映された記事を作り込むことに魅力を感じるし、この書くという作業は、苦手だけれども好きな作業でもあります。

もちろん「である調」を使った常体の文章を書かせれば、天下一品の文章ができあがるとも思っていませんが、少なくとも敬体で書いた文章よりは、マシだと思ってます。

何がマシなのかというと、常体で書いた文章の方が、文章という作品の中に自分の分身を多く閉じ込めることができる感覚があることです。結果的に、常体の文章の中に、僕の個性というオリジナリティが生まれます。

このオリジナリティが個性と呼ばれてプラスに作用するものなのか、もしくは癖と呼ばれてマイナスに作用するものなのか、この視点で深くモノゴトを観察することが大事なことになってきます。

好きこそ物の上手なれ

下手であるということは、まっさらな地面に近い、これから自由に開発できる素地のような段階であるということです。下手だと感じているがゆえに、吸収できることがたくさんあって、伸びしろが用意されています。

一方で、少しでも上手かもしれないと感じること、例えば私の場合は常体の文章になります。少なからず上手くできると考えているモノゴトに関しては、もっと伸ばそうとする半面で、そこにある種の癖のようなものが生まれてくることがあります。

それが、さらに成長する過程では偏見となって、せっかくの素直な成長の機会を逃してしまう可能性につながるのです。

まっさらな地面にくらべたら、一見魅力的に見える起伏に富んだ地面かもしれませんが、その上に何かを建てようと思ったら、一度まっさらな地面に戻さないといけないような過程を踏む必要があるかもしれません。

そのでこぼこの地面を上手に活かすのって、かなりの熟練が必要だと思うのです。ある程度の教養を経て、そこに初めて本物の個性を生み出すことができるというか、そんなことを感じます。

下手の横好き
[ Title : 送られてくる何か 2017年1月 ]
[ Camera : Nikon D700 ]
[ Lens : Nikon AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G ]

下手の横好きの勝利

始めたばかりのころの、上手い下手の感覚や、向いている向いていないの感覚は、重要なものではありません。

なぜならば、その道のプロから言わせれば、始めたばかりの頃の上手い下手なんて誤差みたいなものだからです。

それよりも、その行為や動作が好きで続けることができるかどうか、こっちに重点を置くべきだと考えます。上手い下手ではありません。好きで続けられるかどうかが、長い目で見ると必用になってくる要素になります。

下手こそ真似をする

私は今、ひたすらに真似をしています。「文章が上手だな」と感じる人や「この人のような文章が書きたいな」と思う人の文章を1日に数回、写経のように書き写す時間を作っています。

発見の連続です。自分が使わなかったような言い回しに気がついたり、冗長を感じるような表現をさらっと読める文章に書きなおす方法を見つけたり、そんなことが立て続けに起こります。

そして、それを素直に自分の文章に取り入れることができます。下手だと感じていることに関して、特にこだわりがないので、良いと感じたことをすぐに実践できるんです。

さいごに

下手であると認識することよりも、好きであると認識することに重点を持ってきたほうが人生楽しくなってきました。

好きか好きじゃないかは問いません。上手いか上手くないかも関係ありません。誰かが洗濯機のボタンを押さなければ、洗濯機の中の洗濯物は永遠に洗われないということは、間違いのない事実でありそれが現実であります。

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