のるまで るこう

み み

暑い夏の季節がやってきますな今日この頃

建長寺と回春院と地獄谷

建長寺と回春院と地獄谷

回春院

建長寺(けんちょうじ)の境内を北東に向かい、半僧坊(はんそうぼう)へ続く道を右に折れると、回春院(かいしゅんいん)に行き当たります。江戸時代の絵地図には、回春院付近の山あいは「地獄谷」と記されていました。

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地獄谷

1249年(建長元年)に場所が定められたと考えられている建長寺ですが、もともとこの場所は、「地獄谷」と呼ばれる罪人の処刑場でした。江戸時代の絵地図には、回春院(かいしゅんいん)の付近に「地獄谷」と記されています。

PHOTO KAISHUNIN

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建長寺の塔頭

回春院(かいしゅんいん)は、建長寺21世玉山徳璇(ぎょくさん とくせん)の塔所(たっしょ)です。え?どういう意味ですか?よろしい。説明しましょう。建長寺の21代目の住職である「玉山徳璇(ぎょくさん とくせん)」さんの住まいであって、お墓のことです。

塔頭(たっちゅう)とは、大雑把にいうならば、禅宗のお寺における、偉い住職さんのお墓であります。たぶん。ブログの更新が鈍っていたのは、そんなこんなの仏教における寺院などの基本の基本の基礎知識に興味が出てきて、図書館を駆け回っていたからでした。

というのも、多くの書籍には冒頭に示したように『回春院は建長寺21世玉山徳璇の塔所です。』とだけ書いてあって、これだけだと「なにそれ美味しいの?」っていう。初心者には分かりにくい状態でした。漢字が難読なことと、漢字1文字の意味から熟語全体の意味を想像しにくいことが原因かと思います。

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塔の起源

そんなこんなで、動機こそ(ブログのネタ)不純でありますが、なんとなくですが仏教(ぶっきょう)と寺院(じいん)の世界に興味が出てきた今日この頃でございます。たくさんの本を読んでいるうちになんとなく分かってきたこともありました。

お釈迦(しゃか)様が亡くなった後で、インドではストゥーパと呼ばれる饅頭(まんじゅう)型の仏塔(ぶっとう)を建てて、お釈迦様の遺骨を収め、信仰の対象としたことが、塔(とう)の起源でございます。ようするに「塔」の根本には、お釈迦様の遺骨が埋められているのであります。

しかしながらここに疑問が残りました。日本国内にも数えるほどの塔、例えば五重塔があります。世界中にも塔が存在します。お釈迦様の遺骨はそんなにたくさんに分割されて世界中に広がっていったのでしょうか。

また、塔頭(たっちゅう)という言葉のように「塔」という漢字を使って表す、お釈迦様以外のお墓も存在しています。「塔」という漢字が使われる建造物だからといって、一概にお釈迦様の遺骨が埋まっているわけでもないような気がします。

というわけで、ちょこまかと調べ回って、例えば、京都は東寺にある五重塔の根本には何が埋まっていて信仰の対象となっているのかなど、ぽちぽちと調べてみようと考えています。

ちなみに、お釈迦様(おしゃかさま)の遺骨のことを仏舎利(ぶつしゃり)と呼びます。骨壺(こつつぼ)のことは、舎利容器(しゃりようき)と呼ぶそうです。五重塔の根本には仏舎利が眠っているのでしょうか。

今日分かったことをまとめると、『建長寺の回春院(かいしゅんいん)は、建長寺の21代目の住職さんである玉山徳璇(ぎょくさん とくせん)さんの住まいであり、お墓であること』と、『回春院があった場所は、もともとは処刑場所だったこと』の2つでございます。違ったらごめん。

[ Title : 春の回春院 2017年4月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 18-55mmF3.5-5.6AL WR ]

※参考文献
知識ゼロからのお寺と仏像入門
鎌倉の寺 小事典
神奈川県の歴史散歩 下巻
御朱印でめぐる鎌倉の古寺

建長寺と回春院と地獄谷

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