のるまで るこう

み み

暑い夏の季節がやってきますな今日この頃

今日も何もできなかったという幸せの量産

今日も何もできなかったという幸せの量産

会社で働いていた頃は、家と職場を往復するだけのような毎日でありまして、『あー、今日も何もできなかったなぁ。』という感覚を漠然と抱いておりました。

週末になれば、平日に溜め込んだ洗濯物を片付けたり、掃除をしたりで1日が終わり、翌週に備えたご飯の作り貯めをしたりしまして、『あー、今週も早いなぁ。』と。

だけど。だけど、今になって思えば、あの頃の生活はそれはそれで幸せな日々だったと、振り返って感じることができるようになりました。

精神的に成長したからなのか、そのことを歳を取ったからと考えるのか、人それぞれだとは思いますが、変わらぬ毎日を送れることに対する有難みを感じるようになりました。

変化のない日常

身内に不幸があったり、介護が始まったり、そういうことがボチボチ起きるようになると、朝起きて仕事して帰ってきて寝るという、当たり前の繰り返しをこなすことが難しくなります。

恒常的な毎日を送ることができる状態というものは、ありふれた平凡なのかもしれませんが、1つの安定した系として、ものすごく幸せな日常の形なのではないでしょうか。

今日も何もできなかったという幸せの量産

少しずつ続けること

『今日も何もできなかった』ということは、何かしらやりたいことがあったということです。見方を変えれば、その気持ちに対してどうやって折り合いをつけるのかっていう話でもあります。

私事ではありますが、数年前から細々と撮り続けている写真の趣味は、撮りたまっていく写真の量が増えることに満足感を覚えることができます。

始めてから半年強くらいのブログ活動も、目に見えて読むことができる過去の記事達に達成感を感じることができます。

1週間のうちの5分でもいいからカメラを触ったり、たったの1行でもいいから記事の書き足しを行うことが、『今日も何もできなかった』という気持ちを紛らわしているようにも感じます。

今日も何もできなかったという幸せの量産

なぜだか分かりませんが、やりたいことを少しずつだけどしぶとく続けていくスタイルが、気がつかぬうちに身についているような気がします。

続けられることがあるという認識は、自らの原動力になりますね。30歳を目前にして、継続という言葉の重みを実感しています。

『今日はなにもできなかった』かもしれないけれど、長い目で見れば(よく考えてみると)、「やりたいことできてます」状態になっていました。ありがたや。

そんなこんなで、『あー、今日も何もできなかった。』けれど、私なりに人生に満足感を感じることができる状態なのでありますでございます。

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読んでる本

個人的にはタイトルが「うーん」な本ではあるものの、中身はものすごく納得できる内容であった。感情は変えられぬもの。一方で、思考と行動は変えられるもの。さぁ、今日からぼちぼちがんばろっかな という気持ちにさせてくれる1冊。アマゾン評価には酷評も多いが。

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