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物事の本質とモノとコトの違いを考える


「物事の本質を考えなさい」と言われることがあります。私も自問自答することがあります。「物事の順番を考えよう」「卵が先か、鶏が先か」と。物事ってなんでしょう。

モノコトの違いを考えたことはありますか?物事として1つのワードに収まりがちなモノとコトですが、ある方向からこれらの言葉にスポットライトを当てると、面白い考察をすることができます。

モノとコト
[ Title : モノが走る 2016年12月 ]
[ Camera : Nikon D700 ]
[ Lens : Nikon AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G ]

物事の本質

物事の本質ってなんでしょう。本質を語るならばモノとコトを分けて、別々の視点から考えてみたいですよね。

「モノ」という言葉には、「物」と「者」の2つの漢字を当てはめて使うことが多いです。どちらも何らかの物体を表しています。

一方で「コト」という言葉には、事という漢字を当てはめて使うことが一般的です。事象や事件など、何らかの出来事を表しています。

出来事は、「モノ」がそこに在って、その「モノ」が周囲の別の「モノ」と密接に関わりだすことで成り立ちます。これこそが「コト」の正体です。

さて、例を挙げて考えてみましょう。

思考実験なので何でも良いのですが、まずはガラケーとスマホに登場してもらいましょう。ガラパゴス携帯もスマートフォンも同じモノづくりによってできあがった「モノ」に違いはありません。

ガラケーとスマホ

スマートフォンの普及によって駆逐されるような形で、多くの日本メーカーは携帯電話産業から撤退を余儀なくされてしまいました。ガラケーもスマホも同じ「モノ」を熱心に作っていたのに、どうしてこのような現象が起きたのでしょうか。

ガラケーは、携帯電話という機能に、メールもできる、写真も撮れる、お財布機能も使えるというように、携帯電話という概念を主軸として生み出された商品です。

一方でスマートフォンは、自由に持ち出すことができる小型のコンピューター端末という概念を軸に生み出されています。

モノづくりのパワーによって、ガラケーに機能を追加して盛りだくさんにしたところで、スマホの持つ小型のコンピューター端末という概念にたどり着くことはできませんでした。

ガラケーに対する日本企業の「モノ」づくりという姿勢では、外出先でも家庭環境と同等にインターネットを操作できるというスマホが生み出した機会の創出という「コト」には、打ち勝てなかったわけです。

これが「モノ」と「コト」の違いです。

コンビニとスーパー

コンビニとスーパーを例に挙げます。

スーパーでもコンビニでも、「モノ」が売られていることに変わりはありません。しかし、20時で閉店するスーパーと、24時間営業のコンビニを比べるとどうなるでしょうか。

24時間営業のコンビニでは、スーパーと同じ「モノ」を売っているにもかかわらず、24時間好きな時間に買うことができるという「コト」ができます。仕事帰りや、レジャーに出かける早朝など、ちょっと値段は高くてもコンビニを利用する機会は多いですよね。

このように機会の創出という概念で考えると、「モノ」と「コト」の違いを感覚的にとらえやすくなります。スーパーとコンビニに加えて、アマゾンを例に出すとより面白くなります。

コンビニでもアマゾンでも、値段に違いはあれど同じ「モノ」を販売しています。コンビニは店舗に出かけないと商品を購入することはできませんが、アマゾンならば家にいながら商品を購入する「コト」ができます。

アマゾンという仕組みは、買い物に出かける時間を、別の用途の時間に使う「コト」ができるという機会を創出しています。これが店舗型の販売形態とネット型の販売形態の違いになります。値段だけで比べてしまうと同じ「モノ」を購入することに違いはありませんが、「コト」という概念で比べると全く違うものになります。

モノとコト
[ Title : 撮るコトを楽しむ 2016年12月 ]
[ Camera : Nikon D700 ]
[ Lens : Nikon AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G ]

新幹線とテレビ電話会議

東海道新幹線のライバルは、国内線の飛行機と考えられていた時代がありました。どちらがどれだけ安く早いのかを競っていました。どちらも「モノ」つくりを強化することで時間を短縮し、その時間によって機会を創出できる「コト」を目的としていました。

朝8時に家を出て、東京から新幹線に乗ると、10時から名古屋で始まる会議に参加することができます。これが東海道新幹線を利用することのメリットと言われていました。

そこに登場したのは、テレビ電話会議システムです。移動に時間をかけずに、東京にいながら名古屋の会議に参加する「コト」ができます。東京にいながら、福岡の会議に参加する「コト」もできます。世界中の会議に、日本のオフィスから参加する「コト」ができます。

新幹線よりも飛行機よりも安く早く移動できる「モノ」ができたわけではありません。テレビ電話という別の「モノ」が、移動時間という概念を必要のない「コト」に変えたのです。

便利な世の中になりました。それと同時に、エンジニアにとっては恐ろしい世の中になりました。昨日まで当たり前だったことが、今日から当たり前ではなくなる「コト」が世界中で生み出されています。

「モノ」づくりに一極集中していた日本企業がバタバタと倒れていく原因の1つは、「モノ」と「コト」の本質を見極められなかったところにあります。

求められる記事

ところで、このようにインターネット上に発信している記事は「モノ」でしょうか。それとも「コト」になるのでしょうか。

これからは、良質な記事という「モノ」ではなくて、記事を読んだ後で何をする「コト」ができるのかを考えられる記事が、求められる時代になるのではないでしょうか。

物事の本質。

奥が深いです。

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