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『1973年のピンボール』のあらすじを名言を中心にほんわか解説する

この本を読むと なぜか旅に出たくなる。「旅行に行きたくなる」ではない。「旅に出たくなる」だ。あれはまだ学生の頃、この本を片手に日本海に沿って走る気動車に揺られていたことを思い出す。『風の歌を聴け』に続き「羊三部作」の2作目の紹介をしよう。『1973年のピンボール』を含む「羊三部作」と『ノルウェイの森』に関するネタバレが有るので注意していただきたい。

江ノ電の写真とブログ
[ Located in : 江ノ島電鉄沿線 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 55-300mmF4-5.8ED ]


『1973年のピンボール』

ブックオフで100円で入手した村上春樹さん著作の『1973年のピンボール』には、「昭和58年9月15日第1刷発行」「昭和62年12月15日第13刷発行」と刷られている。カバー装画は佐々木マキさんであり、定価240円と印刷された裏表紙も歴代の読者達によってつけられた手垢でくすんでいる。この記事を書いている今は2017年1月7日。昭和58年は西暦に換算すると1983年。恐ろしいほどに昔だ。

この本は、「羊三部作」として知られるシリーズ物語の2作目である。2作目。名作に続く2作目は迷作になりがちだ。R33スカイライン。S14シルビア。僕は、そういった車が好きだ。もちろんSA22Cに続くFC3Sが迷作だとは誰も思っていない。迷作になり得ることもある。ただそういうことも起こり得るのだ。

『1973年のピンボール』は、シリーズの2作目であって、まぎれもなく名作である。『風の歌を聴け』と『羊をめぐる冒険』という有名作に挟まれているだけであって、決して迷作ではない。この小説の中には、多くの名言が隠されている。まずは、いくつか紹介しよう。

「僕たちはその分だけ生きてるうちに愛しておくのさ。後で後悔しないようにね。」

村上春樹著作
『1973年のピンボール』より引用

「凡そ人の手によって書かれたもので、」というのが僕たちの三色刷りパンフレットの輝かしいキャッチ・フレーズだった。「人に理解され得ぬものは存在しません。」

村上春樹著作
『1973年のピンボール』より引用

「遠くから見れば、」と僕は海老を呑み込みながら言った。「大抵のものは綺麗に見える。」

村上春樹著作
『1973年のピンボール』より引用

「でも、何かを手に入れるたびに別の何かを踏みつけてきた。わかるかい?」

村上春樹著作
『1973年のピンボール』より引用

この小説は、まぎれもなく『風の歌を聴け』と『羊をめぐる冒険』をつなぐ、大切な役割を果たしている。僕という主人公の感情に色を付け、鼠という友人に影を与える。それと同時に「直子」を印象付ける。そうだ。『ノルウェイの森』の あの「直子」だ。

確かに、『1973年のピンボール』を読まなくても、『羊をめぐる冒険』を面白く読むことができる。しかし、『1973年のピンボール』を読むことによって、僕の心の影を感じることができる。僕の喪失を垣間見ることができる。

入口と出口という対になる表現が、何度も描写される。入口があって出口がある。そう。この小説は、『風の歌を聴け』と『羊をめぐる冒険』を結びつける役割を果たしている。さらに、いくつかの名言を引用しよう。

物事には必ず入口と出口がなくてはならない。

村上春樹著作
『1973年のピンボール』より引用

一九七三年九月、この小説はそこから始まる。それが入口だ。出口があればいいと思う。もしなければ、文章を書く意味なんて何もない。

村上春樹著作
『1973年のピンボール』より引用

ひとつの季節がドアを開けて去り、もうひとつの季節がもうひとつのドアからやってくる。

村上春樹著作
『1973年のピンボール』より引用

風の音だけがあたりを被う。たいしたことじゃない。ひとつの季節が死んだだけだ。

村上春樹著作
『1973年のピンボール』より引用

鼠が街を去っていく。双子が僕の元を去っていく。入口から入ってくる。もう1つの出口から出ていく。ただこれだけのことだ。僕の人生観が、冷たく、しかし暖かく、描写されている。

村上春樹さんの小説はアドベンチャーだと思う。不思議の国の冒険の物語だ。どこか現実世界を想像させるけれど、それはどこか現実とかけ離れている。僕はこの世界観が大好きだ。まるで見知らぬ土地に旅行に出かけるような感覚を味わえるからだ。旅に出たくなる。

「出るって……何処に行くんだい?」
「あてはないさ。知らない街に行く。余り大きくない方がいいね。」


村上春樹著作
『1973年のピンボール』より引用

鼠は街を出ていく。僕も街を出ていきたい。そんな高校生、大学生に手に取ってもらいたい。ここには、1つの偏った人生観が描写されている。「羊三部作」全体を通じて、なぞときの答え合わせをしても面白いだろう。文章からにじみ出る言葉の響きに酔いしれることだろう。この小説は一読しただけでは、中身を直接的に感じられないかもしれない。小説の中の言葉を引用するならばこんな感じだ。

文章はいい、論旨も明確だ、だがテーマがない、と。

村上春樹著作
『1973年のピンボール』より引用

その通りだと思う。この本を単体で読んでも、テーマは見つからない。なぜならば、この本は「羊三部作」の2作目だからだ。この本は「羊三部作」の2作目として、はじめて強烈に存在感を感じることができる。

人生には、一見すると何にも意味がないように感じられる瞬間がある。良い時もあれば悪い時もある。しかし、後から振り返ってみれば、意味がない瞬間なんて存在しない。その一見すると意味がない瞬間こそに、最大限の意味を感じられることができる時が必ず訪れる。この小説は空白の、空虚の大切さを教えてくれる。

最後に、もう1つだけ、名言を紹介してこの記事を終わりにしよう。

「どんな進化もどんな変化も結局は崩壊の過程に過ぎないじゃないかってね。違うかい?」

村上春樹著作
『1973年のピンボール』より引用



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