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パニック障害と診断されてから電車に乗れる喜びを味わうまでの記録

うつ病のお話

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友人の力を借りて、家族の力を借りて、そしてほんの少しだけ薬の力も借りて、なんとか電車に乗れるようになりました。嬉しかったです。普通の人から見たら何でもないことかもしれませんが、僕にはとっても嬉しかったんです。そんな記録をお伝えします。

江ノ電の写真
[ Located in : 江ノ島電鉄沿線 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 55-300mmF4-5.8ED ]


パニック障害の症状

電車に乗れない

まさか電車に乗ることが怖くなるなんて、考えたこともありませんでした。学生時代から鉄道旅行が大好きでした。青春18切符を片手に、1日中、普通列車に揺られていました。移りゆく車窓、入れ替わる乗客、規則正しく響くレールの音、そういったものが大好きでした。そんな僕は電車に乗れなくなりました。突然の過呼吸発作に襲われて、電車も新幹線も怖くなってしまいました。たった1駅乗ることを想像するだけで、息苦しさに溺れます。嫌になりました。どこにも出かけられなくなりました。そういったことに段々と希望を失っていきました。

克服の過程

ゆっくり休む

どんなに大事な用事があったとしても、電車に乗れませんでした。自分で動いて、自分で何かがしたくても、過呼吸発作に襲われるかもしれない不安に押しつぶされて、何もできませんでした。僕はもう、本当に、すべてを諦めました。出かけることも、やりたいことも、遊ぶことも、本当に何もかも。諦めました。

諦めることによって、気持ちは、少しずつ楽になって行きました。どうしても欲しいものがあったら家族に頼んで届けてもらいました。ただの買い物にも行けないことが情けなくて涙が出てきました。普通の人にはただの買い物でも、僕にとっては火星に行って帰ってくるくらいの距離がありました。それくらい不安でした。だからすべてを諦めて、ゆっくり休むことにしました。

友達が家まで来てくれる

ゆっくり休み初めて4カ月くらい経った時のことです。ふと思い立って、友達に電話をしました。家から出られない状態であること、うつ病であること、パニック障害であることを、隠さずにすべて伝えました。恥ずかしかったです。とても情けなかった。

するとどうでしょう。友達は、家にまで来てくれて話を聞いてくれました。何時間も。何時間も。最終電車で友達は帰っていきました。とてもありがたかった。感謝してもしきれないくらい、暖かい気持ちになりました。うれしくて涙が出ました。友達と話すこと、相談することで、不安は少しずつ和らいでいきました。引きこもり始めてから5か月目、久しぶりに感じた気分の高揚感でした。楽しい。こんなにも楽しいことってあるんだって、思いました。

友達は家まで何度も来てくれる

友達は何度も何度も家に足を運んでくれました。遠くの友達も近くの友達も、車や電車を使って僕の家まで訪ねてきてくれました。楽しかった。ありがたかった。段々と希望が生まれてきました。僕ももう一度、みんなと外で遊びたいと思うようになりました。旅行に出かけたいと思うようになりました。居酒屋でお酒を飲みながら楽しい話をしたいと思うようになりました。

それでもまだ、電車には乗れません。駅まで歩くことを想像しただけで、息苦しさが襲ってきます。だけれども、電車に乗らないとみんなと楽しい時間を過ごすことができない。どうしよう。こんなことを繰り返し考えていました。

運動を続ける

僕ももう一度外に出て、自由に遊びたくなりました。いつまでも家の中に閉じこもっていたくないと思えるようになりました。引きこもり始めてから6カ月目でした。運動をするようになりました。朝、7時に起きて30分自転車をこいで海まで走り、30分自転車をこいで家に戻る。それから30分近所をジョギングする。夕方も朝と同様に60分自転車をこいで30分ジョギングをしました。息苦しくなることや過呼吸発作になったときと同じような心臓のドキドキを味わいました。

自転車とジョギングを始めてから1か月後、近所のジムに会員登録を行って、雨の日でも運動をできるような環境を整えました。引きこもり始めてから8カ月が経っていました。少しずつ体力の自信はついてきました。

友達に旅行に連れて行ってもらう

友人に誘われて、かなり強引に旅行に連れて行ってもらいました。移動手段は自動車で高速道路でした。閉塞された車内、止まることが難しい高速道路など、考えただけで息苦しさの症状に押しつぶされそうでしたが、僕は友達を信じることにしました。「つらくなったら教えてくれればいい」「つらくなったら帰ってくればいい」そういった励ましの言葉をもらいながら、途中で苦しい思いもしながら、なんとか旅行を楽しむことができました。帰ってきてから、今まで感じたことがないくらいの達成感と充実感を味わうことができました。これが1つのきっかけとなりました。つらいときは誰かに頼ればいい。1人で我慢している必要はありません。誰かに助けを求めればいいのです。ありがとう。とっても感謝しています。この旅行がなかったら、僕はいまだに引きこもっていたと思います。

家族に旅行に連れて行ってもらう

家族に誘われて、かなり強引に旅行に連れて行ってもらいました。在来線と新幹線とバスが組み合わさっていました。考えただけで息苦しくなって前日の夜は一睡もできませんでした。数カ月ぶりの電車です。乗ってしまいました。もう後戻りはできません。過呼吸が起きるかもしれない恐怖、息苦しくなっていくこの感じ。もうやばい。帰りたいと早々に思いました。だけれども、そこから過呼吸の発作が起きることは、不思議とありませんでした。

なんとか息苦しさに耐えながら1時間くらい列車に揺られたときに、ふっと昔のことを思い出していました。「あれ?僕は鉄道旅行が大好きだったはずなのに、なんで今日は楽しめてないんだろう」と。今は息苦しさに耐えることで精一杯です。早く降りたい。早く目的地についてくれ。そう願っていました。だけれども、昔を思い出したのです。揺れる列車。過ぎ行く車窓。時折入ってくる緑の風の香り。そういったものを楽しむことができていた自分を思い出しました。するとどうでしょう。少しだけ、息苦しさが薄らいでいったのです。「あ、車内は怖いところではない。目的地に着くまでも旅行を楽しむことができる。何より僕は楽しい電車の旅行をしているんだ」

この時に何かが切り替わりました。怖い怖いと思っていた電車は、本当は楽しいものだったということ。鉄道旅行に出かけるときのあのワクワクした気持ち。見知らぬ土地の見知らぬ風景を眺めることの楽しさ。そういったものがフツフツと湧き出してきたのです。あれ?僕は一体何を恐れていたんだろう。そんな気持ちに少しの時間、ひたることができました。

1人で電車に乗ってみる

長距離の在来線に乗れました。新幹線に乗れました。そろそろ誰かに付き添ってもらわなくても電車に乗れるのではないか?自分1人で出かけてみたくなりました。1人で電車に乗ってみたくなりました。駅に向かうバスの車内で心が震えます。息苦しさに押しつぶされそうになります。改札を通って電車に乗り込みました。心臓はドキドキ、飛び出しそうです。それでも僕は、なんとか電車に乗って、特にあてもなく30分くらい、電車の中の空間を過ごすことができました。

江ノ電を撮ろう

最寄りの駅から藤沢駅までは15分くらいかかります。今日は目的がありました。江ノ電を撮ろうという目的がありました。写真を撮ろうという目的がありました。バスの車内も電車の車内も息苦しさを感じます。だけれども、その先にはとっても楽しい写真が待っています。いやいや電車に乗るわけではありません。楽しいことをやりたくて電車に乗るんです。なんとか電車に乗れるようになりました。

新幹線に乗って友人に会いに行く

友人の1人が長野に転勤となりました。家に何回も遊びに来てくれて励ましてくれた友人でした。彼と過ごす時間はとても楽しかった。僕も長野に遊びに行ってみたくなりました。1人で新幹線はとっても怖かったです。だけれども、その怖いという思いに対して、遊びに行きたいという欲望が勝りました。東京駅のホームで足が震えました。心臓がすごい音をたてて動いています。僕は新幹線に乗りました。息苦しさに押しつぶされそうでした。しかしどうでしょう。30分くらい経つと落ち着いてきました。過ぎ行く車窓、すれ違う新幹線、車内販売。そういったものに興味が出てくると、息苦しさがあったことも、過呼吸が起きていたことも忘れられるようになりました。気がつけば、僕はワクワクした旅行の高揚感をひきつれて、長野駅のホームに降り立っていました。

東京の居酒屋で忘年会

お世話になった友人たちに誘われました。「東京で忘年会をやるけれどこれそうかな?」不安でした。乗れるかどうか分からない電車、約束をしたとしても守れるかどうか分からない。それでも僕は、どんなに息苦しくても、お世話になって感謝をしてもしきれない友人達に会いに行きたかったんです。そんな思いが僕を電車に乗せました。混んでいる電車に乗ったのは久しぶりでした。ちょっとやばいかもしれない。そういった瞬間が何度かありました。過呼吸の発作がでるかもしれない。だけれども、まぁ出たら出たでしょうがないと思いました。もう諦めよう。たどり着けなかったら、電車に乗るっていう行為を選択しただけでも、それだけでも偉いって自分をほめてあげようと考えていました。無事に居酒屋につきました。もう移動するだけで疲れ切っていましたが、友人たちと楽しい時間を過ごすことができました。誘ってくれた友人達にとても感謝しています。居酒屋に入るのも数カ月ぶりの出来事でした。

薬と治療と対処法

2017年はどれくらい症状を克服できるでしょうか。ピンチになったときにすぐに薬を飲めるように薬とペットボトルのお水を持って電車に乗っています。電車に乗ることは手段であって、目的ではありません。パニック障害を患うと、ただ電車に乗るということが、とても大きなイベントのように感じられてしまいます。

電車に乗りたくなかったら、乗らなければいいと思います。それで良いのです。ゆっくりと時間をかけて休むこと。それが一番大切です。すると、少しずつ気分が変わっていきます。僕は電車に乗りたくなりました。友達に会いたかった。友達と楽しくご飯を食べたかった。それだけです。本当にそれだけなんです。電車が怖いという思いよりも、友達に会いたいという思いが大きくなった時に、僕は電車に乗ることができるようになっていました。

過呼吸が起きたとしても、死ぬわけではありません。その場で苦しくなったとしても、誰かに助けてもらえるかもしれません。別に火星に出かけるわけではありません。家に帰ってこれないわけではありません。そんなことを考えていたら、僕は少しずつ電車に乗れるようになりました。2年の月日が経っていました。友達に、そして家族に、感謝しています。ありがとう。