のるまで るこう

み み

涼しくなって(過ごしやすいな)今日この頃

写真と構図『一般化』

写真と構図『一般化』

写真と構図

写真と構図
『 一般化のワナ 』

『脱初心者!写真構図〇〇選』なんていうタイトルの雑誌が、書店に多く並んでいる。最初のうちは、ふーんと思ってうんうんと眺めていたけれど、あるときからどうにも好きになれなくなった。なんでだろうか。

「こういう観点に基づいて被写体をフレームの中に配置する(構図する)と、美しく見えるようになります」という話は分かる。ものすごく分かる。だけど、「だから、こういう構図で撮ると、写真が上手くなります」という、その安易な結言への誘導がなんとも気に入らない。

さらに言えば、「日の丸構図」とか「三分割構図」とか、そういった構図のパターンによって写真という作品を一般化しようとする、その姿勢もなんとも気に入らない(のである)。

また、「この構図が王道である!」のようなシリーズが、一般化されて多く出回るということは、「さぁこれから写真を始めよう!」という人の感性という個性をつぶしていくことにつながるような気がしないでもない。(例えば)三分割構図の写真が量産される「きっかけ」を作っているだけにしか思えない。もっと自由に撮ろう(撮りたい)。

写真と構図『一般化』

写真と構図

写真と構図
『 構図とは境目の配分である 』

構図とは、(写真の中に写し込むモノ達の)色の配分であったり、明るさの配分であったり、垂直水平方向からの傾きの配分であったりすることが多いと思う。

「となりに写るもの」と(見た目の)差が明確である場合において、その境目となるラインを、写真の中のどの位置に配分するのか。構図という言葉を自分なりにかみ砕いて定義すると、こんな感じになるのではないか。ふむ。

『一見すると清涼飲料の広告のような入道雲と海の写真だが、水平線が少しだけ傾いていることによって、旅先での風景スナップであることが伝わってくる』このようなコメントが、とある雑誌の写真評論に掲載されていたことがある。

たった数度の傾きが、見る人にあたえる印象を変える世界なのである。(もちろん、そうでない場合もある。)構図の参考書は、あくまでも構図の「参考書」であるべきで、構図のチョイスうんぬんで、写真が直接的に上達すると思わせるようなキャッチコピーは、過大広告だと思う(不思議とそう思う)。

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