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日記と日誌と手帳の違いに考える書くことの大切な意味

思考のチェンジ

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生活を記録する人が増えてきました。手帳を持ち歩く。日記を書く。日誌をつける。ふと思いました。手帳と日記と日誌の違いはなんだろう。それらの言葉と使い方の違いはなんだろう。時間の流れに沿って、これらの違いを解き明かします。書くことの大切さが見えてきました。

手帳と日記と日誌の違い
[ Title : 明日を漁って 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 55-300mmF4-5.8ED ]

手帳と日記と日誌の違い

『ほぼ日手帳』の流行もあって、日記をつける人が増えてきました。『ほぼ日手帳』には手帳と名前がついているけれど、その実際の行為が「日記をつける」と表現されることも多いです。なんだか不思議な感じがしました。手帳と日記の違いはどこにあるのでしょうか。

手帳と日記に、日誌という言葉も付け加えて、時間の流れにそってこれらの言葉を整理すると、違いが分かりやすく見えてきました。

手帳

手帳とは、未来の予定を記すものです。どこに行く?いつ出かける?誰と会う?などが当てはまります。未来のことなので、未来形の文になります。日程や予定などスケジュールの管理に重点が置かれています。

日記

日記とは、直近の過去に起きた出来事を記すものです。計画した予定に対して、その結果を記しています。どこに行った。何時に出かけた。誰と会った。など、過去形の文になります。手帳は未来の予定を、日記は過去の出来事を記しています。ここが1つの大きな違いです。

日誌

では、日誌とは何を意味するのでしょうか。日誌とは、起きた出来事に対して感じたことや考えたことの思考に重点を置いて記すものです。1つ例を挙げましょう。

「はるさめ君とお昼ご飯を食べた。彼は食事の間も、ずっと本を片手に読んでいて、こちらに目を合わせることが少なかった。忙しいのかもしれないが、相手に対してとても失礼な態度だと感じた。注意しようかどうか迷ったけれど、私もこのように相手を不快にさせるような態度をとっていないか、今一度考えるきっかけになった。」

「私は、はるさめ君の態度が不快だと感じたから、それを失礼な態度だと解釈してしまったが、もしかしたら、はるさめ君は、誰かと食事をしているときに相手が本を読んでいても、不快に思わないのかもしれない。私も気がつかないところで、知らぬ間に相手に不愉快を与えていないか、考えるようになった。」

食事中の出来事が発端となって考えたことを中心に記しています。食事の内容の記録よりも、食事中に起こった出来事から浮かび上がった思考の記録に重点が置かれていますね。


このように、時系列にそって考えると、手帳と日記と日誌の違いが分かりやすくなります。まとめるならば、予定が手帳。出来事が日記。思考が日誌となります。

手帳と日記と日誌の違い
[ Title : ぶれた思考 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 55-300mmF4-5.8ED ]

書くことで思考を記録する効果

日々の生活に起きる出来事から考えたこと、すなわち思考したことを書き記すことは、自己の成長に対してとても有効な手段となります。思考を記録することは、あやふやでぼんやりとした思考を明確な文という形に落とし込む作業です。それは思考の内容を明確に浮かび上がらせます。そしてそれをもう一度、文字として目で読み上げることで、自分自身を客観的に見つめ直すことにつながります。

悪いことがあった時

「あー。やってしまったな。」と、失敗を感じる瞬間が誰にもあります。後から振り返って考えれば大したことがないことでも、その時はとても気にしてしまって、いつまでも引きずってしまうこともあるでしょう。そんなとき、これらの出来事を日記のように記録すること、そして、思考したことを日誌のように記録することで、その失敗が教訓に変化します。

失敗の内容を文にして書き表すことで、自分の失敗を客観的に感じ取ることができます。これだけでも、その失敗を大したことではないように感じることができるようになります。何より、文字に起こすことで、その失敗は過去のもの、変えられないものという認識に変化します。

さらに、その失敗を発端として感じたことや考えたことを書き表すことで、自身が潜在的に持っていた問題点に気がつくことができる可能性があります。問題点に気がついてしまえば、また同じ過ちを犯してしまうことが意識的に防げるようになるでしょう。失敗を教訓として、これからに活かすことができるようになります。

良いことがあった時

仕事で大きな成果をあげた時、食事がおいしく作れた時、うれしい楽しいと感じた時など、このようなポジティブな出来事は、良かった事として、そのままに日記に記録して過ごしてしまいがちです。けれども、このような良かったと感じるときの事こそ、その思考を日誌のように記録することに大きな意味があります。

良かったこと、うれしかった出来事から、もう1歩思考を進めて、どうやったら上手くいったのか?なぜうれしかったのか?などを、文に書き表して客観的に評価することができます。うれしさや喜びにつながる思考のパターンを知ることは、それらを意識的に再現できることに他なりません。積極的に、良かったことを作り出せるようになります。

思考を進めるうちに、良かったことが起きるときの、潜在的に行っていた行動や思考が見えてくることもあります。良いことがあった時にこそ、その成功パターンを記録することで、次の良いことを引き寄せることができます。

手帳と日記と日誌の違い
[ Title : 見えてくる思考 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 55-300mmF4-5.8ED ]

まとめ

手帳も日記も日誌も、書き続けることに意味があります。せっかく毎日を記録しているのならば、日記から1歩進んだ日誌の要素を少しずつ取り入れてみると、明日からの世界が変わって見えるかもしれません。何かしら効果を感じることが、続けることにつながります。

おまけ

『トムソーヤーの冒険』の作者であるMark Twainという著名なおじさまが、興味深い言葉を残しています。

私達は、1つの体験に含まれている知恵だけを取り出すようにするべきだ。そして、そこでやめる。

そうではないと、ストーブの熱いフタの上に座った猫になってしまう。猫は2度とストーブの熱いフタの上に座らなくなるだろう。それはそれで構わないが、冷たいフタの上にも2度と座らなくなってしまう。

Mark Twain