職業的な夢『 達成の満足感は低い 』

職業的な夢達成の満足感は低い

職業的な夢達成の満足感は低い

職業的な夢『達成』の満足感は低い
『 なりたいが叶っても 』

当たり前の話かもしれないが、『 ほにゃほにゃになりたい 』という職業的な夢が叶(かな)っても、満足できるのはその一瞬だけで、たいしたことはない充実感しか得ることができない。そんなことを感じたのでメモしようと思う。

今流行りの(というか古今東西永遠の課題かもしれないが)、好きなことを仕事にするとか、好きなことが仕事になったとか、そういう類(たぐい)の話ではない(ことを最初に断っておく)。

新卒で就職した1社目。内定の連絡をもらったときはそれなりに満足した気持ちになって、高揚した感覚を味わっていたと思う(たぶん)。だけど、そんなことはすっかり忘れ「 なんじゃこりゃー 」な社会人生活を送っていたことは、記憶に新しい。

転職活動をしつつ、『 自分で稼ぎたい!』なんてことも考えつつ、初めて自分の力で(会社の給料以外に)1円!稼げたとき、恐ろしいくらいに気分は高揚し、空高く舞い上がれるような錯覚すら起こしたことも、等しく記憶に新しい。

だがしかし、数日後にはそんなことはすっかり忘れ去り、「 恐ろしく稼げない不安定な日々 」に戦々恐々としていたことは、火を見るよりも明らかである。

そして転職に無事?成功し(この辺はまだ曖昧)、「 ふっふっふっ。俺様の新しい人生が今ここに始まる。 」なんて思っていたのもつかの間、冒頭のひと言に至る。

『 ただ春の夜の夢のごとし 』平家物語の一節が、うっすらと脳裏に浮かぶ。

だからこそ、五月病という言葉が生まれたり、四月病という現象が沸きおこったりするのだろう。まっ、そういうことだ。そういうものだというコトが分かってしまえば怖くない。僕という弱小な生き物も日々成長しているのであった。