今日の良かったに思うこと

2018年2月くらいから #今日の良かった というタグをつけて、その日にあった良かったこと3つをツイッターでつぶやいています。

かれこれ3カ月くらい続けてみて思うことは、#良かったこと なんて1日の終わりにはまったくもって覚えていないというコトです。

うん。そりゃドライブに出かけましたとか、都内に出かけましたとか、友達と遊びましたとかそういう日には、まるまるが美味しかったとか、どこそこの景色がきれいだったとか、そういうのはあります。

なんでもない平常営業の普通の仕事の日。しゅっと朝起きて、びゅーんと通勤して、さっと仕事して、ぱっと昼飯食べて、だらっと午後も仕事して、あーって思いながら帰宅して、夕飯食べて散歩して風呂入った1日なんて。#良かったこと なんてそんなにないわけです。

そんな僕は、ちょっと病気をしていたこともありまして、しばらく家から出れないこともあったりして。そもそもこうやってまる1日仕事に従事できることだとか、何気なくぱっと朝起きられることだけで。

それがとても有り難い(すなわち当たり前ではない)ということも、分かっているはずなんですが。それでも何気ない1日が過ぎさることに対して #良かった という感情を抱くことは難しいのでございます。

精神衛生上、その平々凡々な1日とはいえ、今日も良かったなと思えるということは大切なことでありまして。信号待ちで空を見上げてみたりとか、仕事の合間の夕焼けを撮ってみたりとか。積極的に #良かったこと を作り出すようにしています。

なにが普通なのか分かりませんが )普通に仕事をしようとすると週休2日なわけでして7日のうち5日は通常的な1日になってしまいます。それだけで7分の5は #良かったこと が何も思い浮かばない日々っていうのは、悲しいじゃありませんか。

そんなわけで、3カ月くらい #今日の良かった をつぶやいてみて分かったこと。受動的に #良かったこと! を探してもそんなものは見つかるわけがあーりません。

積極的に その日を楽しもう! #良かったことが多い1日にしよう! と考え始めることや行動すること(例えばお昼はこれを食べて楽しもうとか、仕事終わった後で喫茶店に寄って30分だけでも本を読もうとか)が、なんでもない1日の充実感を高めていくのかなと。

最近はそういうふうに思うのでありまする。

今日の良かったに思う