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うつ病で休職して感じた罪悪感と回復のきっかけ

会社の上司や人事に相談し、症状をありのままに伝えて、休職となりました。ゆっくり休んで下さいと有難いお言葉を頂きました。荷物をまとめて、過呼吸発作が怖くて乗りたくない新幹線になんとか乗って、実家に戻りました。休職してから症状はひどくなってしまいました。そして僕は引きこもりになりました。

江ノ電の写真とブログ
[ Located in : 江ノ島電鉄沿線 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 55-300mmF4-5.8ED ]


休職して感じた罪悪感

引きこもり

休職する直前は、息苦しさと過呼吸の発作がひどくて、仕事と日用品や食料品の買い出し以外の外出ができない状態でした。アパートで1人暮らしをしていたために、生きていくためにしかたなく買い物に出かけていました。

実家に戻れば、当然ですが仕事には行かないし、日用品の買い物も家族にお願いできるので、本当に外に出る必要がなくなってしまいました。症状がつらくて自らの意思で外出をしたいとも思えませんでした。

何もしなくてもご飯が用意されること、何もしなくても洗濯してもらえること、何もしなくても生きていけることに感謝しました。ただただ感謝しました。

罪悪感

そして、それと同時に、何にもできない自分に絶望しました。ただただ絶望しました。もう何もできないではないか。もう何もしたくない。生きている意味がない。

働いていたうちは、苦しいながらも働けていること、ただそれだけに望みを持っていました。しかし、働くことができなくなってしまって、まるで自分の存在価値がなくなったように感じてしまいました。自分は生きていても価値のない人間だと思いました。僕は生きていることに対する罪悪感にさいなまれました。

こうして僕は3カ月くらい、完全に引きこもりました。通院と時々の散歩以外、外に出ることはありませんでした。誰にも会いたくありませんでした。罪悪感から、息苦しさと過呼吸発作はますます強くなりました。

希死念慮

引きこもっていた間の希死念慮が、僕が味わった希死念慮の中で最大の悪魔でした。苦しみから逃れたい思い、何もできないことに対する罪悪感、生きていることに対する虚無感。書き出せばきりがありませんが、それはもう酷かったです。

それでも僕は命を絶てませんでした。それはなぜか?なぜだか分かりません。たまたま運が良かったのかもしれません。

精神的な回復のきっかけ

雨の音

ひどくなる息苦しさ、もうこの世から酸素はすべて無くなったのかと思いました。ひどくなる過呼吸の発作、もう死ぬまで落ち着いた呼吸はできないのだと感じました。これらに耐えていた夏の雨が降る1日でした。

大粒の雨が屋根を叩いていました。雨音が恐ろしいほどに大きく響いていました。小学生の頃を思い出していました。あの頃は雨の音に対して、恐怖を感じたことはありませんでした。どうしていまさら雨音が怖いと思うのだろう。たたみに横になりながら、漠然と考えていました。

息苦しいかもしれないけれど、雨に濡れることは無い。食べ物に困ったこともない。着るものに困ったこともない。屋根がある家に住めていました。蛇口をひねれば水が出ました。お風呂に入れていました。

あれ?俺はいったい何が気に入らなかったんだ?もう十分に幸せを手にしているじゃないか。このままでいいじゃないか?何を求めていたんだ?

大粒の雨音を聞きながら、小学生の頃を思い出しながら、なぜか幸せな気持ちにひたっていました。屋根があるということ、雨にぬれないこと、それだけに感謝の気持ちをいだいていました。気がつけば、雨の音が心地よく響いていました。

時間にしたら30分くらいでしたが、息苦しさも感じることはなく、過呼吸に悩まされていたことも忘れていました。本当に久しぶりに、ぼけっとすることができました。昔の自分を取り戻したような気がしました。何かが舞い降りてきた瞬間でした。休職してから4カ月が経とうとしていました。

友達に電話をかけた

雨の日に感じた心地よさと、どこか昔を懐かしむ感じから、高校の時の級友と連絡を取るようになりました。恥ずかしさもありましたが、うつ病のこと、休職していること、実家に帰ってきていることを打ち明けました。

数年ぶりに話をするような友達ばかりでしたが、とても自然に話ができました。みんなとても暖かく話に耳を傾けてくれました。何でもなかったころの自分に戻っていくようでした。話すだけでたくさんの元気をもらうことができました。電話を終えてからは、感謝の気持ちで涙があふれてきました。

彼らと遊びに行きたいと思うようになりました。何もできない、何もしたくない状態だった僕に、やりたいことが生まれました。なんとも当たり前の話ですが、友達と遊びたくなりました。これが僕の中の希望の種になりました。

瞑想を始めた

雨の日に感じた心地よさを、もう一度感じたくなりました。心持ち次第では、息苦しさを感じなくなるようになれるのではないかと、真剣に考えました。

引きこもりつつも、よりどころを求めて、哲学書や生き方のノウハウ、宗教に関する本や心理学の本などを読み漁っていました。そんな中で”めいそう”に出会いました。時間だけはありましたから、本に書かれているままに、何時間も、何日もくり返しました。

するとどうでしょう。息苦しさがふっとやわらぐ瞬間に巡り合えたのです。本当にたまたま上手くいったのかもしれません。信じられませんでした。あれだけ薬を飲み続けても消えなかった息苦しさがやわらいでいきました。

伝えたいこと

罪悪感の果てにあるもの

僕にとって、休職しているという状態は、恐ろしいくらいの罪悪感を生み出しました。休んでいるはずなのに休めませんでした。心は全く休まりませんでした。

雨の日の不思議な体験、友達に相談したこと、瞑想に出会えたこと、そんなことが立て続いてありました。僕の中でばらばらに崩れていた何かが、もう一度動き出したように感じました。精神的な回復のきっかけとなりました。

絶望方向に振り切っていた天秤の針が少しずつ希望の方向に動き始めた出来事でした。


この記事の続きです。



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