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うつ病の原因とうつ病だけど仕事を続けた理由

息苦しさと過呼吸発作に悩みながらも僕は1年間仕事を続けました。今になって冷静に振り返れば、負のスパイラルをぐるぐると駆け降りる1年でした。身体の健康状態が心に与える影響を切実に感じ取り、心の健康状態が身体の健康状態に与える影響も痛切に感じ取りました。心身ともにぼろぼろになりましたが、僕は階段を降りきった先で宝物に出会ってしまいました。

江ノ電の写真とブログ
[ Located in : 江ノ島電鉄沿線 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 18-55mmF3.5-5.6AL WR ]


なぜ仕事を続けたのか

なんとかなると信じていた

そうです。息苦しくても、過呼吸の発作が出ても、外出できなくても、何とかなると信じていました。そのうち治ると思っていました。おかしな話かもしれませんが、それくらいに自分の体の状態と体が発する危険信号に対して無頓着でした。自分はうつ病とは無縁である、ストレスとは無縁だと、思っていました。だから、最後の最後、すべての気力を絞り切るまで、仕事を続けてしまいました。

仕事は楽しかった

上司に恵まれていました。同僚に恵まれていました。職場の人間関係はとても良好でした。やり始めればどんなことでも楽しくなってしまいます。できないことは無いと信じて努力を惜しまない性格です。そこにブレーキというレバーはありませんでした。非常停止ボタンはホコリをかぶっていました。

職場で息苦しさを感じたときや、過呼吸発作の予兆を感じたときは、仕事を中断して、ビルの中を散歩することで、発作を抑えていました。お客様との会議中に発作が出そうになったときは、さすがに焦りましたが、そういう時は、1人で対応しないようにして、業務に支障が出ないようにしていました。

辞めるという選択肢を選べなかった

それでも時々は、症状に心が負けそうになって、仕事を辞めて休養に専念しようと思ったこともありました。しかし、社会的な属性やレールから外れることに対する恐怖心が勝ってしまい、休むという選択ができませんでした。

なぜ1年後に休職したのか

耐えられなくなった

改善しない息苦しさ、起こり続ける過呼吸発作に、僕の精神状態は段々と弱っていきました。散歩をしたり、食べ物をコントロールしたり、症状を改善するために、仕事をする時間以外のすべての時間をささげるようになりました。休日も発作に苦しみ、心の自由はありませんでした。そしてついに、耐えられなくなりました。

生きるために働いているのか、働くために生きているのか、分からなくなりました。そもそもこのような疑問をいだくこと自体が、おかしい気がしますが。

お菓子を買うためにスーパーに行くのであって、スーパーに行くためにお菓子を買うわけではありません。犬であるためには哺乳類である必要がありますが、哺乳類であるためには犬である必用はありません。ネコでもいいんです。

天秤の針が絶望のゲージに振れた

身体に起きる症状がつらくても、しんどくても、涙が出ても、僕の精神状態を表す天秤の針は、かろうじて希望というゲージに振れていました。だけれども、症状がつらすぎて、しんどいこと、苦しいことが多すぎて、ついにその針は絶望というゲージに傾き始めてしまいました。

どんなに努力しても状況は何も変わりませんでした。より厳しくなっていきました。空元気を出して乗り切れることもありましたが、空元気すら出せなくなっていきました。

自殺願望が生まれた

天秤の針が絶望のゲージを指し示しました。苦しさから逃れたくて、希死念慮をいだくようになりました。あれ?なんで死にたいんだろう?どうして生きていたいんだろう?分からなくなりました。明日やりたいことが見つかりませんでした。息苦しさと過呼吸発作の症状から解放されたら、何がやりたいのか。僕はその問いかけに対して答えが見つかりませんでした。何もしたくなかったです。何もいらなかったです。ただ欲しかったのは、息苦しさと過呼吸発作に苦しまない時間だけでした。

すべてがどうでも良くなった

ここまで来たときに、もう本当に、すべてのことがどうでもよくなりました。何も感じなくなりました。生きている意味が分からなくなりました。仕事を続ける意味も分からなくなりました。そして僕は休職することにしました。

うつ病の原因は

この時点で、僕はまだうつ病の原因に気がついていませんでした。

物事のとらえ方

仕事はとても楽しかったです。だけれども、本当に進みたい方向ではありませんでした。楽しいこと、やりたいこと、進みたい方向が必ずしも一致するわけではないことにやっと気がつきました。

「新卒で就職したら、3年はその会社で働いた方が良い」僕はこの考え方を好きか好きじゃないかは別として、前向きにとらえて実践していました。しかし、会社に所属したままでは、どんなに努力しても、僕が進みたい方向には、たどり着けませんでした。そして、会社に所属しているという状態から離脱する勇気もありませんでした。大学院を卒業して3年を務めると28歳になります。30歳という見えない壁が僕の前に迫っていました。

僕は、意識的にアクセルを踏みながら、無意識にブレーキを踏んでいる状態でした。自らのとらわれが、目指したい方向に生きることを拒んでいました。無意識の理想に対して、現実のどうしようもなさを感じて、打ちひしがれていました。

原因は自らの心の在り方

僕の話をします。僕以外の話ではありません。僕の話です。僕のうつ病の原因は、僕の心の中にありました。自らの認識の中にありました。己のかたよった心の状態にありました。それらは誰のせいでもなくて、自分が今まで大切に育ててきた理想や価値観や道徳の中にありました。

厳しい言い方になりますが、仕事が忙しかったら辞めれば良かったし、どこかで方向を間違えたと感じたら軌道を修正すれば良かったです。その選択肢を選べない自分と選ばない自分にすべての原因がありました。

伝えたいこと

こころのかたより

3件目にお世話になった精神科のお医者様に言われたことがあります。「あなたの心は重心が少しかたよった状態にあっただけです。そしてその重心がかたよった状態がたまたま悪い状態だっただけです。重心のかたよりを修正するのか、重心のかたよりはそのままで良い状態を作り上げるのか、どちらを選ぶのもあなた自身です」なるほどなっと、感じました。まさに言い得て妙ですね。

原因は客観視によって見えてくる

会社に原因があるのではないか、人間関係に原因があるのではないか、働きすぎなのではないかなど、多くの物事を悪者に考えていたこともありました。けれども、身の回りのことをどのようにとらえるのか、それは自分自身の考え方次第でした。

見つけた宝物

僕がうつ病になって得ることができた一番の宝物は、この考え方を見つけたことです。階段を降り切ったどん底には、素敵な贈り物が待っていました。良いも良くないも感じ取り方は僕次第です。現実を素直に受け止めることができるようになりました。
この記事に続きます。


この記事の続きです。



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