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うつ病になってからの症状

うつ病のお話

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息苦しさと過呼吸の発作が出てからも、精神科、心療内科で処方される抗不安薬をおまじないのように飲みつつ、1年間は休まずに仕事を続けました。あの頃は、どうせすぐに治るだろうと安易な気持ちでいましたが、息苦しさはいまだに続いています。休職を考えたのは抗不安薬を処方されてから1年後の晴れた日の朝でした。

江ノ電の写真とブログ
[ Located in : 江ノ島電鉄沿線 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 55-300mmF4-5.8ED ]


僕がかみしめた症状

僕が体験した症状について、「からだの症状」と「こころの症状」という視点で、抗不安薬を処方されてからの様子を順番に紹介します。

息苦しさ

「からだの症状」と「こころの症状」です。息苦しさが続きます。24時間慢性的な酸素不足の感覚に悩まされました。後になって過換気症候群という病名がつきます。抗不安薬が効いていると実感したことは残念ながらありませんでした。

何かに集中すると一時的に楽になることもありましたが、ふっと気が抜けたとき、疲れがたまっているときなどに、もうどうしようもなく耐えられない程の息苦しさを感じました。

息苦しさに耐えることで精神的に疲れるので1日の疲労感がすごいことになります。眠りにつけば息苦しさを感じなくなるために、眠りに落ちるその一瞬が1日の中で最も幸せな瞬間でした。

仕事をするだけでいっぱいいっぱいになるので、休日に出かけようという気持ちにはなれません。気分はどんどん落ち込んでいきました。

過呼吸発作

「からだの症状」と「こころの症状」です。最初に過呼吸発作を起こした場所が新幹線の車内でした。涙を流しながらも、となりの人に気がつかれないように、耐えに耐えて目的の駅までたどり着きました。

この経験があってから、長距離の移動に対する苦手意識が生まれました。もともと、鉄道旅行は大好きで1日中電車に揺られていても、つらいと思ったことはありませんでした。なのに電車に乗れなくなってしまいました。後になって不安障害とパニック障害という病名がつきます。

渋滞の可能性がある車の運転もつらかったです。ドライブを避けるようになりました。車を使った長距離の移動も大好きでした。結果的に、電車も車もバスもNGになってしまい、大好きだった旅行に行けなくなってしまいました。

レストランや映画館など、おとなしく座っているという動作が苦手になりました。友人の結婚式なども過呼吸発作が怖くて涙をのんでお断りしたことがありました。

お風呂にのんびりつかれなくなりました。風呂上りに過呼吸発作を起こすことが多かったため、お風呂が怖くなりました。長時間お風呂に入りたいときは、半身浴にするか足湯にしていました。

息が止まる

「からだの症状」です。最初は、トイレに座っているときや食後の落ち着いたときなどに、息が止まる瞬間を感じていました。これが段々ひどくなって、何をしているときも、自らの意思で吸う、吐くという動作を開始しないと、呼吸が止まってしまうような感覚におちいるようになりました。

予期不安

「こころの症状」です。息苦しさが治らないこと、突然やってくる過呼吸、それらが続く恐怖に僕は悩まされ続けました。過呼吸発作が怖いから電車などに乗れなくなります。予期不安と呼ばれる症状です。うつ病になる前とうつ病になってからで、もっとも違うと感じたことがこの予期不安の有無です。息苦しさと過呼吸の項目でも書いていますが、「自分は今、こういう症状に悩んでいるから、旅行に行けない」だとか、「自分は今、こういう症状が出ているから、新しいことに取り組めない」だとか、自分で自分の未来にブレーキをかけるようになるのです。明るい未来を想像できなくなって、悲観的な思考が加速しました。

その他の症状

その他にも、耳鳴りがする、目がチカチカとする、モノに対するこだわりがなくなる、物音に敏感になる、行動を邪魔されるとものすごくイライラする、何をしていてもつまらない、感情が無くなる、現実がまるでゲームやドラマの中のように感じられるなど、多くの症状がでていました。

仕事を続けるために

生活習慣

お医者様からのアドバイスですが、「運動をすること」「規則正しい生活を送ること」を心掛けていました。

朝は、30分早起きをして、近所をジョギングします。仕事に行って、帰ってきます。仕事から帰ると、またもや近所を30分くらい散歩します。そして、野菜中心の食生活で過ごしました。娯楽も無く早寝に努めます。

ジョギングをすると走っている間だけは息苦しさを感じませんでした。不思議と過呼吸を起こすこともありませんでした。休日はひたすら近所を散歩します。カメラを片手に歩き続けます。この時ほど、カメラと写真という存在が身近に感じられたこと、カメラと写真を生み出してくれた先人に感謝したことはありません。ありがとうございます。

毎日運動をするようになったことと食生活が細くなっていたことで、170センチの身長で体重が50キロありませんでした。あるときお風呂に入って姿見にうつる自分の足が目に留まりました。まるで草食動物のようにガリガリで筋肉だけが浮き出ています。まるで自分の足ではないようでした。ギョッとしました。落ち込みました。

気持ちの整理

この息苦しさはいつまで続くのだろう。そう考えた僕は、どうやったら生きていくために気持ちを保てるのか、そればっかりを考えていました。哲学書を読み漁り、宗教の本を読み漁り、生きがい論を考え続けました。近所に大きな神社があったので毎日手を合わせていました。何かをよりどころにしないと、苦しさに耐えることができませんでした。

伝えたいこと

苦しみながらも働いた

苦しみを感じながらも1年間は仕事を続けました。そして、1年後のある晴れた日の朝、僕は生きるために働いているのか、働くために生きているのかが、分からなくなりました。僕の中の天秤が反対方向に傾き始めました。息苦しさと過呼吸の症状が酷くなったこと、働く時間以外の時間が、その苦しみに耐えることで精一杯だったことが原因でした。そして僕は、休職するという道を選びました。

抗不安薬は効いたのか?

残念ながら薬の効果を感じたことは1度もありませんでした。この薬は効いているのだろうか?果たして意味があるのだろうか?そんなことを考えながら、いつの日かこの息苦しさから抜けられる日が来ることを信じて飲み続けていました。だけれども、飲んでも苦しさはなくなりません。飲み続けることに意味を感じることができませんでした。結果的に、9カ月でメイラックスは止めて、漢方薬に切り替えることになります。


次回は、息苦しさに悩みながらもなぜ1年間仕事をつづけたのかを書きます。
この記事に続きます。


この記事の続きです。



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