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鎌倉江ノ島の観光を写真多めで発信中!

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僕はうつ病と散歩する

様々な症状に悩み、悩まされつつ2年が経ちました。最初は「治らなかったらどうしよう」とか「いつになったら幸せな日が来るのだろう」とかそんなことを思い悩んでいました。今はその思いも変化して「うつ病を感じつつ生きていこう」という気持ちに変わっていきました。うつ病になった自分をもう1人の自分がのんびりと散歩させるイメージです。疲れたら休む。もう少し歩けそうならば歩く。こんな感じです。

江ノ電の写真とブログ
[ Located in : 江ノ島電鉄沿線 2016年12月 ]
[ Camera : PENTAX K-5ii ]
[ Lens : PENTAX smc PENTAX-DA 55-300mmF4-5.8ED ]


うつ病の記録

今の正直な気持ち

思い返せば涙があふれてきます。悲しくはないけれど条件反射的に涙が出てきます。だけれども、あの頃に比べたら状況は良くなってきました。なんとかなります。僕はなんとかしてみせます。はいつくばってでも生きてみせます。そう考えられるようになりました。調子が良いときは、うつ病になって良かったとさえ思うこともあります。なぜならば、いまのほうが精神的には自由だからです。ある意味では心は解き放たれていると感じる瞬間があります。人生観は確実に変化しています。良い方向に。

これは1つの体験談

僕は医者でもなければ研究者でもありません。ただの1人のうつ病体験者です。現在もうつ病を抱えながら生活しています。どう生きるべきか次の一手を模索しています。僕が体験したこと、感じたこと、思ったこと、考えたことを記します。つらかった時、落ち込んだ時にどう対処したのかを記します。正解はありません。

なぜ記すのか?

僕は1人で苦しんでいました。うつ病について悩みを相談できる人が周りにいませんでした。僕の周りにはうつ病になったことがある友人、うつ病を乗り越えた友人は1人もいませんでした。もしくは、うつ病を隠して生活しているのかもしれません。それくらい、うつ病という病気はオープンにされない病気のようです。僕は聞かれたら話すようにしています。隠すことはしていません。

うつ病になって最初に感じたことは、「いつになったら治るのだろうか」という社会復帰に対する不安と、その不安を落ち着けたいがために「うつ病を経験して乗り越えた人の体験談を聞きたい」ということでした。

だから、少しでも具体的に、分かりやすい言葉で、ありのままをお伝えしたいと思い立って、僕のうつ病体験を記します。いま、うつ病で悩んでいる人、うつ病なのかどうか判断に困っている人、家族がうつ病の人、うつ病の友人を持つ人、会社の同僚がうつ病の人など多くの人が読めて、自分の体験が誰かの役に立てば良いと考えています。

もう1つは自分のための自分に向き合うための記録です。自分で自分の身に起きた出来事を言葉にして納得するためです。文章にすることで出来事を客観的にとらえることができます。12345と記したら次に訪れる6を想像することができます。僕にとって未来が少しでも予想できることは安心につながります。

ただ起きたこと、あったこと、感じたこと、思ったこと、考えたことを書きます。それと同時に、治療のためにこういう情報もあったけれど、それに関しては効果がよく分からなかったということも書いていきます。うつ病と付き合っていると、治るまでに時間がかかったり、効果が表れにくい薬に出会ったりするために、何が本当に治療のために効果があって、誰を信じて良いのかが分からなくなります。だから、ここでは「僕の場合はこうでありました」ということを書いていきます。

家族や友人や同僚がうつ病の人へ

言葉の選び方は大切

うつ病を経験して感じたことがあります。それは、日常会話の何気ないひと言が、ふとした瞬間に鋭いナイフとなって僕に襲い掛かってくるということです。何気ない一言がうつ病を持つ人にとっては厳しい暴力となります。ここに記すことも、できる限り言葉を選んで書いているつもりです。だけれども、もしかしたら、あなたにとってつらい一言になってしまうかもしれません。ごめんなさい。これはもう謝るしかありません。

だけれども、いつの日かその一言が気にならなくなる瞬間が絶対にやってくることをお伝えします。僕だって、「その一言が僕の心をどれだけえぐるのか。分かって話をしているのだろうか」と思うことが今でもときどきあります。でも、まぁそれはそれ、と割り切れるようになってきました。

うつ病にかかっている人に接する機会のある人に伝えたいことがあります。あなたの何気ない一言が、それこそ”致命的”なダメージを与えている可能性があります。言葉は薬にもなればナイフにもなります。気を付けることは難しいかもしれません。だけれども、そういう場合もあるということを心の片隅に留めていただきたいと思います。

自殺願望に関して

苦しくて、何もできなくて、動けなくて、つらくて。今すぐやりたいことも明日やりたいことも見つからない。もう何をしていても楽しくない。喜怒哀楽が無くなっていきました。感情が喪失しました。希望がなくなりました。すべてがどうでも良いことに感じられました。そして最後に希死念慮が訪れました。もうどうしようもなく苦しくて、その瞬間から逃れたいがゆえに死という文字が脳裏に浮かびます。そんな時期が僕にはありました。

僕は今こうして生きています。だけれども明日どうなるのか、それは分かりません。禁煙した人は生涯ずっと禁煙者であって、生まれたときから煙草を吸わなかった人には戻れないように、希死念慮をいだいたことがある人は、希死念慮をいだかなかった人に戻ることはできません。僕は自殺を否定しません。亡くなってしまった人には、「つらかったんだね。」と、言葉をかけます。その周りの人には、「つらいよね」と、言葉をかけます。双方の気持ちを想像することができます。しかし、双方の気持ちに成りきることはできません。残念ながら。僕は僕であって、僕以外の人ではないからです。自殺願望を真っ向から否定するようなきれいごとは口には出せません。

話を聞いてくれること

ただ黙って話を聞くことは誰にでもできることです。僕がもうこの世から消えてなくなりたいと考えていたとき、そのつらさを誰かに話すことで、ふっと平静を取り戻せることが何度もありました。アドバイスなどは要りません。ただ話を聞くだけで、その人の命がつながることがあります。余計な言葉は要りません。ただ話を聞いてくれるだけで、その命が1日がつながることがありました。僕の話を聞いてくれた人達に僕は感謝しています。ありがとう。

伝えたいこと

普通には戻れないという特別

このページは告白の序章です。どこから書き始めれば良いのか。何から書き始めれば良いのか。僕もよくわかりません。ただ1つ言いたいことがあります。うつ病は治すものではありません。うつ病は、その状態と付き合っていくものです。僕はこう考えることによって、気持ちを落ち着けることができました。症状が軽くなりました。症状がひどい時もやり過ごすことができるようになりました。

普通の体に戻ることはできないと思っています。うつ病を経験しなかった体には戻れません。思考にも戻れません。だけれども、僕だって普通に生きて生活していくことはできると考えています。僕はうつ病をつれて特別な人生を散歩しています。新しい世界を。


長くなりました。次回に続きます。



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